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▲今日は何しに宮崎へ!▲

宮崎県内に観光や仕事、キャンプなどで来られた方々に素直な感想を 聞いています 。【宮崎】に来られる方が参考になればうれしいです。。不定期で県内各地のことも紹介します。

ニシタチ物語、新シリーズ

【夢かなえる街】―1―
多くの客が夢見心地になれるニシタチ。そこは夢に向かって挑戦したり、ゆめをかなえたりする街にもなっている。そんな人たちの姿を紹介する。


宮崎市橘通西3丁目の「Wine&Bar麦家」】。
ピンと伸びた背筋に、落ち着いた表情。
無駄のない美しい動きで客を迎えるのはバ-テンダ-で店長の蛯原三奈さん(36)だ。


この店に来て4年、バ-テンダ-歴は16年。月に1度は、国内外の有名バ-に足を運んだりコンテストに出場したりして腕を磨いている。「これでいい、と満足したらそこで終わりだから」。


来月には、夢の一つでもある世界大会出場を懸けたコンテストの2次審査も控え、「常に頭の中はカクテルのことでいっぱい」という。そんな蛯原さんが〈天職〉とも言えるこの仕事に出合ったのは、ひょんなことからだった。


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もともと、将来の職業として目指していたのは保育士。宮崎大宮高卒業後、鹿児島県内の短大に進学した。2年時の夏、ボランティアで地域の祭りに参加したことが転機になる。


祭り終了後の反省会で、生まれて初めてバ-を訪れた。当時は、お酒の味も知らなかったが「人と話すのが好き。お酒と会話を楽しむ独特の雰囲気に『これしかない』と感じた」。このまま保育士になってもいいものか、今しかできないことがあるのでは、と自問自答していた時期でもあった。


一度決めたら揺るがない性分。保育士資格を取得はしたものの、卒業後は両親の反対を押し切り同県内のホテルに就職した。バ-に配属され、当時はまだ珍しかったという女性バ-テンダ-としての一歩を踏み出した。


先輩から、酒の種類や振る舞い、心構えなどを教わった。働き始めてから、実はお酒に弱い体質だと判明。続けられるのか、悩んだこともあったが、人との交流にやりがいや魅力を感じる中で、いつしか不安は消えていた。


約6年間勤務した後、ステップアップのため福岡県の有名バ-へ修行に。憧れのバ-テンダ-のもとで充実した日々を送っていたが、無理がたたり体調を崩してしまう。療養を兼ねて帰郷。しぱらくして、ニシタチのとあるバ-から請われて、再びシェ-カ-を振り始めた。


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2013年、現在のオ-ナ-から声をかけられ麦家へ。蛯原さんの姿に憧れ入った2人の女性スタッフとともに働く店内には、複数のコンテストのトロフィーや賞状がずらりと並ぶ。


「入賞できるようになったのはここ数年。挑戦することで知識が増え、技術を高めることができる。それが自信にもつながりお客さまにも喜んでいただける」。



オ-ナ-や常連客からの応援も、大きな原動力だ。
最近では、コンテスト出場を通して全国各地に師と仰ぐ存在や仲間ができ、こうした人たちの紹介で県外からの客が店に訪れることも増えた。


「ニシタチ、宮崎といえばここ、といわれるようなお店にしたい。技術面もまだ十分だとは思っていない。。これからも挑戦を続けていきたい」と前を向く。

《シリーズ、続く。》