▲今日は何しに宮崎へ!▲

宮崎県内に観光や仕事、キャンプなどで来られた方々に素直な感想を 聞いています 。【宮崎】に来られる方が参考になればうれしいです。。不定期で県内各地のことも紹介します。

ニシタチ物語(5)

【意識、
魅力創出へ店主連携】

8月下旬。中心市街地のビルの一室で意見交換会が開かれた。顔を並べたのは、県内最大の歓楽街ニシタチを形成する通りや商店会の代表ら10人。これまで、一つの街という発想や意識は薄く、こうして一堂に会し、同じ視点で語り合い、将来を考える場を持つのは初めてだった。

「週末以外は人通りがほとん無くなった」「客が高齢化している。若い人を呼び込む仕掛けが必要」ー。 厳 しい現状を訴える声とともに、連携に前向きな意見も出た。

参加した青空通り商店会長で、創業84年の「まつをうなぎや」4代目松尾樹則さん(48)は「情報を共有し知恵を出し合うことで、人を呼び込む起爆剤を生み出せるのでは」と期待を込める。会合は今後も定期的に続け、集客イベントなどを計画していく予定だ。

会の発起人は、西橘通りでバ-「KURA」を経営する岩元久俊さん(59)。同通りや中央通りの飲食店主らを中心に立ち上げた「ニシタチまちづくり共同組合」の3代目理事長でもある。同組合では街灯を設置したり道路の補修をしたりなど、環境整備を進め集客に取り組んできた。

しかし、シェ-カ-を模したレトロな街灯が、通りのシンボルとしてなじんでいく一方で、取り巻く状況は年々厳しさを増している。「個人消費の低迷や娯楽の多様化などいろんな要因がある」と岩元さん。

売り上げ減少を訴え、廃業する仲間も増える中、動かずにはいられなかった。「個人や一つの通りだけではどうにもできない。各団体の垣根をなくして、アイデアを出し合い現状を打開したい」


ニシタチが歓楽街全体を指す言葉として認識されるようになって久しい。中央通商店街振興会長の岩崎幸治さん(56)は、通りへの愛着やプライドから、会員にはニシタチと総称されることに違和感を持つ飲食店主もいると明かす。しかし、「お客さんにとっては同じ一つの歓楽街。それならば、県内外に定着した《ニシタチ》という名称や広がりを生かさない手はない」
と前向きに捉えている。

ここ数年は、隣接する西橘通りや高松通りの店主らとゴルフコンペや感謝祭を開くなど交流を深めてきた。
「行きたくなるような店や通りを作る各自の努力はもちろん必要。その上で、街に行けば何かがある、というかつてのワクワク感を皆で取り戻したい」。

《ニシタチ》の旗印のもと、街は溶け合いながら前に進もうとしている。

=第1章おわり=